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東京高等裁判所 平成3年(ネ)2225号 判決 1992年10月30日

控訴人(第一審第一及び第二事件原告) 甲野春子

右訴訟代理人弁護士 斎藤義房

同 石川邦子

同 古口章

同 岡慎一

同 坪井節子

同 伊藤重勝

同 千葉一美

同 楠本敏行

同 末吉宣子

同 飯田正剛

同 八塩弘二

同 黒岩哲彦

同 須納瀬学

被控訴人(第一審第一事件被告) 学校法人修徳学園

右代表者理事 名取守之祐

被控訴人(第一審第二事件被告) 修徳高等学校校長 名取守之祐

右両名訴訟代理人弁護士 小林英明

同 小口隆夫

同 小林信明

主文

本件各控訴及び第一事件につき控訴人が当審で拡張した請求を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一申立て

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  (第一事件)

(一) (主位的請求)

被控訴人学校法人修徳学園(以下「被控訴人学園」という。)は、控訴人に対し、控訴人が被控訴人学園の経営する修徳高等学校(以下「修徳高校」あるいは単に「学校」ということがある。)を卒業した旨の認定をし、かつ、同高等学校の卒業証書を授与せよ。

(予備的請求)

被控訴人学園は、控訴人が修徳高等学校女子部第三学年の生徒たる地位を有することを確認する。

(二) 被控訴人学園は、控訴人に対し、金五〇〇万円を支払え(控訴人は、原審において、一〇〇万円の支払を求めていたが、当審において右のとおり請求を拡張した。)。

3  (第二事件)

被控訴人修徳高等学校校長名取守之祐(以下「被控訴人学校長」という。)は、控訴人に対し、控訴人が修徳高等学校を卒業した旨の認定をし、かつ、同高等学校の卒業証書を授与せよ。

4  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

主文同旨。

第二事案の概要

原判決の事実及び理由の第二の記載(原判決四枚目表一〇行目から同六枚目表一行目まで)と同一である(ただし、原判決五枚目表一行目の「及び」を「又は」と改め、同裏末行の「(四)」の次に「控訴人の」を加え、同六枚目表一行目の「の有無」を「賠償請求権の成否」と改める。)から、これを引用する。

第三本案前の争点に対する判断

原判決の事実及び理由の第三の記載(原判決六枚目表三行目から同九枚目表四行目まで)と同一である(ただし、同九枚目表三行目の「あるから」から同四行目までを「あるが、卒業認定の判断が右のように一般市民法秩序と直接の関係を持つものである以上、そのことは右のように本件における卒業認定請求権の有無が司法審査の対象となると解することの妨げとなるものではない。」と改める。)から、これを引用する。

第四本案における争点に対する判断

次のとおり付加、訂正するほか、原判決の事実及び理由の第四の記載(原判決九枚目表六行目から同六四枚目裏二行目まで)と同一であるから、これを引用する。

1  原判決九枚目表七行目以下に挙示の証拠に「甲六六、乙二二、二三、当審における控訴人本人」を加える。

2  原判決一二枚目裏末行の「二、三回手伝うにとどまった」を「土用の丑の日のころ、鰻屋に立ち寄った際に手伝ったことがある程度にとどまった」と改める。

3  原判決一四枚目裏一〇行目の「伝えられた。」の次に「右昭和六一年三月二〇日付けの「生活指導部だより」では、「この解禁期日の延期の理由は、夏休み以降卒業時までの生活の乱れが顕著であり、思わしくない行動の報告を耳にするからである。或る父兄からは、「自動車を乗り回し、遊びほけている……」と困っている現状の訴えがある。「夜間外出が増えた」とか「勉強しなくなった」とか、車による余暇時間の利用が思わしくなく、机に向う時間の減少をなげく言葉を聞く。担任からも同様、勉強しなくなったと乱れを指摘される生徒の増加も、この頃からである。本校ではないが、卒業を前に事故を起こし、死亡したり多くの人々に怪我をさせ賠償金をとられたとかの報道を耳にする。これもこの秋以降目立って来るのである。必要でない生徒が好きで取るからである……と結論し、不必要ならば三学期でも良いのではないか……判断し変更したのである。」との説明が記載されていた。」を加える。

4  原判決一七枚目表三行目の「山田」の前に「右厳重注意をした際、」を加える。

5  原判決一八枚目裏九行目の「考えられるのであり、」の次に「また、当審における本人尋問において、控訴人はパーマを掛けた時期が早朝登校を命じられた時の前後いずれであったか記憶がない旨述べていることに照らしても、」を加える。

6  原判決一九枚目表三行目の「尋ね」から同五行目の「山田教諭は」までを「尋ねたところ、控訴人はパーマを掛けていることを否定し、髪が痛んでいるから今から切ってくる旨答えた。山田教諭は、控訴人がパーマを掛けているかどうかを確認するため」と改め、同裏一行目の「行ったこと」の次に「、一月二〇日にも、二一日にも学校の教諭に対してはパーマを掛けたことを否定していること」を加え、同三行目の「疑われる」を「推認される」と改める。

7  原判決二〇枚目表四行目の「同一であった。)、」の次に、「山田教諭は、会議の冒頭、控訴人がパーマを掛けていたことが判明したこと及びその点を確認しようとしたところ控訴人は無断で早退したことを報告した。」を加え、同裏一〇行目の「また、」の次に「控訴人はパーマを掛けていることについては前日に引き続き否定した。そこで、」を加える。

8  原判決二一枚目表七行目の「言葉を述べず、」の次に「控訴人は、父親に対し「こんな下っ端の人達に話したってどうにもならないよ、お父さん。」と述べて大石教諭らを侮辱し、控訴人らは」を加え、同一〇行目の「その際」から同裏一行目の「言った。」までを削り、同裏四行目の「供述をする」を「供述をし、甲第六三号証にも同旨の記載があり、甲第四二ないし第四四号証によれば、弁護士らに対しても同旨の説明をしたことがうかがわれるが、右供述、甲第六三号証の記載及び弁護士らに対する説明は、原審証人大石耕三、同山田恵子、同高山近の各証言に照らし採用できない」と改め、同五行目の「しかし」から同八行目の「できない。」までを削る。

9  原判決二二枚目裏五行目の「高山校長」から同六行目の「だめだったら、」までを「本件勧告の件を改めて職員会議で協議しその結論が変わらなかったときには、重ねて高山校長に面会を求めることはしないことを約束するのであれば職員会議の招集を求める旨述べ、また、職員会議の結論が変わらなかったときには」と改め、同末行の次に行を改めて「(甲第六六号証によっても右認定を左右するに足りない。)」を加え、同二三枚目表八行目の「大部分の教諭ら」を「教諭ら全員」と、同裏一行目の「敢えて」を「改めて」と、同九行目から同一〇行目にかけての「書く処分を受けた者」を「書いた者」と改める。

10  原判決二七枚目表三行目から同裏四行目までを次のとおり改める。

「 学校教育法一一条は校長及び教員に対し生徒に対する懲戒の権限を与え、施行規則一三条一項は「校長及び教員が児童等に懲戒を加えるに当っては、児童等の心身の発達に応ずる等教育上必要な配慮をしなければならない。」と定め、同二項は「懲戒のうち、退学、停学及び訓告の処分は校長がこれを行う。」旨規定しているが、同二項の規定の文言自体からしても、懲戒には右退学、停学、訓告以外のものも含まれることが明らかであって、右三種のほかにも、生徒に対し、学校の内部規律を維持し、教育目的を達成するための自律作用として、一定の範囲内において法的効果を伴わない事実上の措置としての懲戒を加えることができるものと解される。

本件勧告のような自主退学勧告は、学校の内部規律を維持し、教育目的を達成するための自律作用として行われるものであるが、それ自体として法的効果を持つものでないばかりでなく、その勧告を受けた生徒は、その勧告に従って退学の申出をするか否かの意思決定の自由を有し、しかも生徒がその勧告を拒絶した場合には当然に退学処分が行われるわけではなく、学校側では、生徒に対しいかなる措置を講ずるかを改めて検討しなければならないのであるから、自主退学勧告は学校側の一方的な意思表示のみにより生徒の身分を失わせる退学処分とは本質的に異なるものである。したがって、自主退学勧告は退学処分と同視すべきものということはできないし、生徒がこれに従うかどうかの意思決定の自由を有する点で事実上の措置としての懲戒とも異なるものというべきである。

しかし、自主退学勧告は、主として退学処分を受けることによって生徒が被る様々な社会生活上の不利益を回避するために行われるものと考えられるが、これに従わない場合に実際上退学処分を受けることが予想されるようなときには、自主退学勧告に従うか否かの意思決定の自由が事実上制約される面があることは否定できないのみならず、自主退学勧告は、懲戒と同様、学校の内部規律を維持し、教育目的を達成するための自律作用として行われるものであり、生徒としての身分の喪失につながる重大な措置であるから、学校が生徒に対して自主退学勧告を行うに当たっては、懲戒を行う場合に準じ、問題となっている行為の内容のほか、本人の性格、平素の行状及び反省状況、右行為の他の生徒に与える影響、自主退学勧告の措置の本人及び他の生徒に及ぼす効果、右行為を不問に付した場合の一般的影響等諸般の要素を特に慎重に考慮することが要求されるというべきである。そして、これらの点の判断は、学校内の事情に通暁し、直接教育の衝に当たる校長及び教師の専門的、教育的な判断に委ねられるべきものと解されるが、自主退学勧告についての学校当局の判断が社会通念上不合理であり、裁量権の範囲を超えていると認められる場合にはその勧告は違法となり、その勧告に従った生徒の自主退学の意思表示も無効となると解するのが相当である。」

11  原判決二七枚目裏九行目の「本件勧告の違法性の有無」を「本件勧告についての学校当局の判断が社会通念上合理性を欠いており、本件勧告が違法であるか否か」と改める。

12  原判決二八枚目表四行目から同三五枚目裏三行目までを次のとおり改める。

「(1)  校則制定の根拠と法的拘束力の限界

ア  校則を制定する根拠

学校教育は、親が子どもに対する第一次的教育権を留保しつつも、教科教育に関しては専門の教師による集団的な教育を施すことの意義と効果を認めて、実施されるものと位置付けるのが正当である。

学校を設置する目的は、あくまでも子どもの教育を受ける権利ないし学習権を保障することにあり、右のような目的を達成するのに必要な限度で、学校には自律的な校則制定権能が認められる。

イ  校則の法的拘束力の限界

校則は、学校施設の利用規定のような集団的学習・教育の場として不可欠な施設管理的規則と、生徒の生活や行動に介入する生活指導領域の規則とに区別することができるが、生活指導の領域は、教科指導とは異なり、第一次的には各生徒の親が責任を負うべき分野であり、親と子によって決定されるべき問題であるから、生活指導領域の校則は、学校内の集団学習生活を維持するため他人の利益や権利を理由なく現実に侵害する行為を禁止するものは別として、校長(教師集団)と生徒及び親との合意を前提にして初めて、生徒に対する拘束力が生ずるものと解すべきである。

パーマ禁止校則や運転免許取得制限校則は、いずれも生活指導の領域に属するものであり、かつそれ自体としては直接に他人の権利や利益の侵害防止を目的とするものではないから、学校がこのような規則を一方的に制定したとしても、それによって生徒や親を拘束することはできない。

また、髪は、身体の一部であって、髪型は、個人の美的意識と切り離せないものとして人格の象徴としての意味を有するのであるから、髪型の自由は、人格権と直結した自己決定権の一内容として憲法一三条により保障された基本的人権である。運転免許取得の自由も、髪型の自由との比較においては人格権との結合の程度は弱いものと解される余地はあるにしても、憲法一三条が保障する幸福追求権と関連する自由であり、広い意味での自己決定権に属するものとして、同条で保障された基本的人権というべきである。

右のような憲法上の根拠を持つ髪型の自由及び運転免許取得の自由という市民的自由を制限することが許される基準には、生存権保障等のために広範な政策的制限が肯定される経済的自由の規制に関する「合理性の基準」は該当せず、「明白かつ現在の危険の法理」が適用されなければならないから、他の生徒、教師の自由や人権を現実に侵害したり、学校教育を現実に妨害するなどの明白な危険が存在していないにもかかわらず、学校が一方的に、生徒のパーマを禁止し、あるいは運転免許取得を禁止することは、憲法上許されないのであり、このような校則は、生徒に対する法的拘束力を持ち得ない。

(2)  私立学校における憲法の基本的人権規定の効力

私人間における憲法の人権保障規定の効力について、規定の趣旨・目的から直接的な私法的効力を持つ人権規定を除き、憲法の規定は法律の概括的な条項又は文言、特に民法九〇条の公序良俗規定のような私法の一般条項の解釈を通じて、間接的に私人間の行為に適用されるとする立場に立つとしても、私立学校における子どもの人権については、以下の理由により、人権規定の趣旨の導入について積極的な解釈を採るべきであり、在学関係においては、私立学校といえども、国公立学校におけるのと同様に憲法の規定が貫かれるべきである。

第一に、私立学校は、国公立学校と並んで、教育基本法以下の諸実体法の適用を受ける公教育機関である。すなわち、私立学校法一条及び教育基本法六条は私立学校が公共性を担う機関である旨、私立学校法五条は文部大臣や知事は私立学校の諸課程の許認可権限を持つ旨をそれぞれ規定し、施行規則一三条の懲戒規定は、国公立学校、私立学校を問わず適用がある。また、国、地方自治体から公費援助が行われているのも、私立学校が公教育機関であることを前提にしているからである。このような私立学校と国公立学校との同質性を踏まえるならば、在学関係における子どもの人権についてのみ、その憲法上の効力に差異を設ける特別な理由はない。

第二に、学校は、子どもの学習発達の権利を保障する場であると同時に、広く人権教育を目的とする場であり、教育の場において常に人権が尊重されるべきことは教育条理であり、憲法と教育基本法が直接要請しているものと解すべきである。

(3)  パーマ禁止校則の不合理性

パーマ禁止の目的の一つとして言われるのは非行の防止ということであるが、パーマと非行防止との間に直接的で具体的な関連性を認めることはできない。髪型の変化は、非行化の結果ではあってもその原因ではないから、髪型の変化に非行化の兆しを感じ取ったのであれば、教師はその非行化をもたらしている具体的な原因や状況を取り除くための的確な指導と援助をすべきである。また一般社会においても明らかに特異だとみなされる髪型をするなど、髪型そのものについての指導が必要な場合があるとしても、当該生徒に対する個別的な指導をすれば十分であり、特に非行とは関係のない生徒を含め、一律にパーマを禁止する校則を強制する合理性はない。

また、現在の我が国の社会では、ほとんどの女性がパーマを掛けており、パーマは決して特異な髪型ではないから、「パーマは高校生らしい髪型ではない。」という主張は根拠がない。まして、控訴人の掛けていたパーマは毛先一〇センチメートルに過ぎず、三つ編みにしていると一見してパーマとは判らないという程度のものであって、このようなパーマまで規制する校則の不合理性は明白である。

(4)  運転免許取得制限校則の不合理性

校則が生徒の生活・行動を規制できるのは、学校の教育目的の達成に必要な限度においてであって、本来親の教育権の範囲である校外生活については、原則的に校則の拘束力は及ばないというべきである。自分の子の校外生活は自らの責任で指導するという親の意思をも排除する形で、全生徒の校外生活を一律に規制することになる運転免許取得制限校則には何らの合理性もない。控訴人の両親は、控訴人が家事を手伝うため普通自動車の免許を取得することを承認していたのであるから、このような行為まで学校が禁止するのは過干渉そのものである。

さらに、運転免許の取得は、道路交通法八八条一項一号において、一八歳以上の国民に認められた権利であり、これは、法が一八歳以上の国民には原則として自動車運転の一般的能力が備わっていることを認め、免許取得についての自己決定権を具体的に肯定したものにほかならないから、学校が明確な法的根拠なしに生徒の免許取得を制約することは越権的な規制である。

なお、非行化と運転免許取得との間に実質的で合理的な関連性は認められない。

(5)  パーマ禁止及び運転免許取得制限校則違反を懲戒処分と結合させることの違法性

パーマ禁止校則、運転免許取得制限校則は生徒の行動を規制する法的効力を持たないという意味で無効であるから、これらの校則を生徒に強制する運用がなされるときは、憲法の人権規定の趣旨、親の教育権尊重の観点から、教師の権限を逸脱するものとして違憲・違法となり、右校則に違反したことを根拠にして生徒に対し懲戒を行うことは許されない。ところが、修徳高校は、控訴人がパーマをかけたことを理由に、直ちに本件勧告を決定したのであり、まさにパーマ禁止校則が懲戒の構成要件として運用されており、この運用の実態をみる限り、これらの校則は違憲・違法といわなければならない。

(6)  懲戒についての裁量権の逸脱

ア  教師の懲戒権限の根拠

教師の懲戒権限は、教育条理上、教師の指導権限から一定の範囲において認められ、学校教育法一一条は、学校教師による懲戒が専ら教育目的のために教育の一環として行われることを確認し、これを受けて、施行規則一三条一項は、校長及び教員が児童等に懲戒を加えるに当たっては、児童等の心身の発達に応ずる等教育上必要な配慮をしなければならない旨規定しており、教育上の懲戒は、教育上必要であり、かつ教育上必要な配慮をした場合にのみ認められる。

そして、教育は、個人の尊厳、真理、平和を求め、個性豊かな人格の完成を目指して行われなければならず、子どもは、そのような教育を要求をする権利、人格の完成を目指して学習する権利を有しているのであるから、教師、学校の行う懲戒は、生徒の人格の完成、学習権の充足にとって必要な場合にのみ、その目的に沿うように十分配慮した上で行われなければならない。

学校教育においては、すべての生徒の人権、人格的成長発達のための学習権が保障されなければならないから、学校において集団での学習が成り立つためには、他人の人権、学習権を侵害しないという最低限のルールは守られなければならず、ここに、強制の契機を伴った制裁措置である懲戒が教育上正当化される根拠がある。しかし、生徒の行為が他の生徒の利益を侵害しなくても、専ら当該生徒の利益を確保するために必要であるという理由で右生徒の行為に干渉することは、個々の生徒にとって真の利益が何かを判断することは容易ではないことに照らし、極力謙抑的でなければならず、原則的には生徒や父母との対話によって真の利益は何かを共に考え、非強制的な助言指導により目的を達成するべきである。

イ  退学処分に関する教師の裁量権

退学処分は、懲戒処分の中でも、生徒の身分を剥奪して学外に追放するという極めて重大かつ厳しい処分であるから、それが当該生徒の利益になるという理由で行われてはならないし、その結果当該生徒が被る不利益は計り知れないものがあることを考慮すれば、その処分の選択は謙抑的でなければならない。したがって、退学処分は、当該生徒の行為によって他者の人権に対する実害が生じており、その実害を防止するための教育的指導ないし監督の努力を尽くしてもその効果がなく、当該生徒に改善の見込みがないため、他者の人権や学習権を保障するためには、教育上の配慮をしてもなお学外に排除することがやむを得ず、かかる生徒に対して学校が教育を施すことを放棄しても社会通念に反しないと認められる場合に限って、選択することが許されるものであるといわなければならない。

生徒に対し退学処分をするに当たっては、以上の趣旨を踏まえた上、生徒の行為と処分との間の均衡(比例原則)、他の生徒の非行事例に対する処分との均衡(平等原則)に十分留意しつつ、適正な手続を履行し、慎重に判断しなければならない。本件勧告は、事実上控訴人を学外に追放する処分と同視し得るものであって、事実上の退学処分とみるべきものであるから、本件勧告も右各原則及び適正手続を遵守したものであることが要求されるが、本件勧告は右各原則に反し、著しく重きに失する不公平な処分であって、学校に許された懲戒についての裁量権の範囲を大きく逸脱しており、その違法性は明白である。」

13  原判決三八枚目表一行目、五行目、九行目の「学則等」をいずれも「校則等」と改め、同四行目の「なる。」の次に「特に、私立学校は独自の伝統ないし校風と教育方針とによって社会的な存在意義が認められるものであり、生徒ないし親は私学選択の自由を有し、自ら選んだ学校の伝統ないし校風と教育方針の下で教育を受けることを希望して入学するものであるが、私立学校においては、右の伝統ないし校風と教育方針は校則等において具体化されるものである。」を加え、同六行目の「要し」から同七行目の「あるときは」までを「要するが、校則等で有効であるときは」と改める。

14  原判決三八枚目裏一行目から同七行目までを次のとおり改める。

「 そして、校則等の定めは、教育目的からなされるのであるから、その内容については、学校当局の専門的、教育的裁量が認められるが、その校則等の定めが在学関係設定の目的と関連性を有せず、又はその内容が社会通念に照らし不合理と認められるときは当該校則等は無効となるというべきである。」

15  原判決三八枚目裏九行目から同三九枚目裏三行目までを次のとおり改める。

「 憲法の自由権的基本権保障規定は国又は公共団体の統治行動に対して個人の基本的な自由と平等を保障することを目的とした規定であって、専ら国又は公共団体と個人との関係を規律するものであり、私人相互間の関係について当然に適用ないし類推されるものではないから、私立学校である修徳高校の校則について直接憲法の右基本権保障規定に違反するか否かを論ずる余地はなく、私立学校が公共性を持ち、国や地方自治体から公費援助を受けているからといってこのことが左右されるものではないというべきである。したがって、この点の控訴人の主張は採用できない。」

16  原判決三九枚目裏末行の「できず、」の次に「特に」を同四〇枚目表一行目の「私学」の前に「子どもや親の有する私学選択の自由と対応する」を加え、同三行目の「もっとも」から同九行目ないし一〇行目の「しかし」までを「しかも」と、同裏一行目の「を併せ考える」から同七行目までを「、同様の内容の規制は現在多くの学校の校則等で定められていること(甲六)からすれば、修徳高校のパーマ禁止校則の内容は社会通念上不合理なものとはいえないから、これを無効ということはできない。」と改める。

17  原判決四一枚目表五行目の「もっとも」から同八行目の「あるし」までを「しかも」と、同一〇行目の「のであるから」から同裏四行目までを「こと、同様の内容の規制は現在多くの学校の校則等で定められていること(甲六)からすれば、修徳高校の運転免許取得制限校則の内容は社会通念上不合理なものとはいえないから、これを無効ということはできない。」と改める。

18  原判決四二枚目表三行目から同四四枚目表四行目までを次のとおり改める。

「 控訴人は、修徳高校のパーマ禁止校則、運転免許取得制限校則は生徒の行動を規制する効力を持たないのに、懲戒の根拠として運用されているから、この運用の実態に鑑み、右各校則は違憲、違法であると主張するが、前記のとおり、右各校則について違憲の問題を論ずる余地はなく、右各校則は有効であり、生徒の行動を規制する効力を持つものというべきであるから、控訴人の右主張は失当といわなければならない。」

19  原判決四五枚目表三行目から同裏五行目の「そして」までを「退学処分について」と同四九枚目裏五行目の「判断す」を「判断する」と改める。

20  原判決四九枚目表七行目から同五二枚目裏一〇行目までを次のとおり改める。

「 前記のとおり、本件勧告を行うについての学校側の判断が社会通念上不合理であり、裁量の範囲を超えていると認められる場合には、本件勧告は違法というべきであるから、以下この点について検討する。

高等学校が生徒に対して自主退学勧告を行うに当たっては、問題となっている行為の内容のほか、本人の性格、平素の行状及び反省状況、右行為の他の生徒に与える影響、自主退学勧告の措置の本人及び他の生徒に及ぼす効果、右行為を不問に付した場合の一般的影響等諸般の要素を特に慎重に考慮することが要求されることは前記のとおりである。

修徳高校の運転免許取得制限校則及びパーマ禁止校則はいずれも有効であり、控訴人はその規制に従う義務があったのにこれに違反したものであるが、右校則はいずれも学校が繰り返し周知させる方法を講じており、控訴人も、その父親も当初から右校則を承知して修徳高校に入学したものであり、控訴人が右校則違反をした動機ないし理由について控訴人の有利に斟酌すべき事情は何ら認められない。しかも、控訴人は、運転免許取得が学校に発覚した際にも顕著な反省の情を示さず、これに対する事実上の懲戒である早朝登校の期間中に再度校則に違反してパーマを掛けたものであるから、校則違反の内容及び態様も決して軽視できないものであり、その上、パーマを掛けていたことが学校に発覚した際も勝手に下校し、パーマを掛けていた事実を隠蔽しようとしたり、学校の教諭らに対しても侮辱的な言辞を弄しており、その後髪を切って反省の態度を示したとはいっても控訴人に顕著な反省の情を認めることができないとした学校側の判断も是認し得るところである。そして、控訴人は一年生当時から前記のとおり原判決の事実及び理由の第四の一2の記載(ただし、同(二)のうち、ティッシュペーパーでリップクリームを拭き取ろうとした宮崎教諭の手を払ったこと及び同(九)を除く。)のような問題行動を繰り返していることに加え、運転免許取得が発覚した際も、職員会議では全員一致で退学勧告の結論がいったん出されながら控訴人が三年生であることを考慮して再度の職員会議で今回に限り厳重注意とする旨決定され、控訴人と父親に対しても、本来退学を勧告するところだが、今回に限り厳重注意とし、今後規則を破るようなことがあれば学校に置いておけなくなる旨が告げられており、その後、控訴人の早朝登校の履行状況がよくなかったため、異例の校長からの注意が行われた際にも同様の内容が告げられていること、パーマを掛けていることが発覚した際も、本件勧告をするについては、最初の職員会議で全員一致で退学勧告の結論が出、校長の許可を得て控訴人と父親に対してその説明をした後、控訴人が三年生であることを考慮してもう一度慎重に協議するようにとの校長の指示で二回目職員会議で協議し、さらに控訴人の父親の態度の変化に応じて改めて三回目職員会議を開いて協議を行っていることからすれば、本件勧告に至るまでの間、修徳高校としては控訴人に無事卒業の日を迎えさせるための配慮を重ねてきていることも看過し得ない事情というべきである。

以上のような諸事情を考慮すると、本件勧告がされた当時控訴人は卒業まで約二か月を残すのみであり、就職先も内定していた控訴人にとって自主退学による不利益が大きいものであることを十分考慮しても、なお本件勧告は誠にやむを得ないところというべきであり、社会通念上不合理であるということはできないから、本件勧告が重きに失し、比例原則に違反するとする控訴人の主張は採用できない。

なお、控訴人は、都内の他の高校との比較において、本件勧告の不当性を主張するが、本件勧告はパーマを掛けたことだけを理由にされたものではないから、比較の前提を欠き採用できない。」

21  原判決五三枚目裏八行目及び一〇行目の「懲戒措置」をいずれも「自主退学勧告」と改める。

22  原判決五七枚目表一〇行目から同六〇枚目裏九行目までを次のとおり改める。

「 学校が生徒に対し自主退学勧告を行うについては適正な手続によってなされるべきものであり、もし適正な手続がなされておらず、そのために自主退学勧告を行ったことが社会通念上不合理と認められるような場合には、その勧告は違法となるものというべきである。しかし、現行法令上一定の手続の履践を定めたものは存しないし、弁論の全趣旨によれば修徳高校においても校則等に格別の規定はないと認められる上、自主退学勧告も学校当局の専門的、自律的な教育的判断によって行われるべきものであるから、適正な手続の要請を充たす合理的な手続過程の具体的内容は、具体的事案をめぐる諸事情との関係で相関的に決せられるべきものというべきである。

本件勧告について見ると、控訴人は、運転免許取得についても、パーマを掛けたことについても、教諭らからそれらの事実を問いただされ、事実の確認が行われた際や、右免許取得についての教諭らによる厳重注意及び校長による注意、更には右パーマの件についての三回目職員会議までの間の再三にわたる教諭ら及び校長との面談の際に、それらの事実が問題とされていることを認識することができ、弁明する機会があったというべきである。また、学校側は運転免許取得が発覚した際も、いったん職員会議で退学勧告の結論となったのを、控訴人が三年生であることを考慮して再度の職員会議を開き、今回に限り厳重注意とする旨決定し、控訴人に対しても、再度の校則違反があれば学校に置いておけなくなる旨警告しているのみならず、パーマを掛けていることが判明した際も、一回目職員会議で退学勧告の結論が出て、控訴人と父親に説明した後、控訴人が三年生であることを考慮して改めて慎重に協議するようにとの校長の指示で二回目職員会議を行い、さらに控訴人側の対応に応じて三回目職員会議を行うという経過をたどっており、学校側としては三年生の三学期になって自主退学勧告を行うについては慎重な配慮をしていたというべきである。また、前記認定の事実からすれば、一回目ないし三回目職員会議での審議にも不適切というべき点は認められないし、本件勧告を行うにつき修徳高校の校長ないし教諭らに控訴人及びその父親に対する欺罔行為があったとは認められない。

以上のところからすれば、本件勧告の手続が不適正であり、本件勧告が社会通念上不合理であるとは認められないというべきであるから、本件勧告が適正手続の要請に反しているとする控訴人の主張は理由がない。」

23  原判決六〇枚目裏一〇行目の「実体的に」を「社会通念上不合理であり、」と、同末行の「ができない」以下を「はできないというべきである。」と改める。

24  原判決六一枚目表三行目から同七行目の「ないが」までを「仮に、本件勧告が懲戒に当たらないとしても」と改める。

25  原判決六二枚目裏九行目の五の次に「控訴人の」を加え、同六三枚目裏一〇行目の「の有無」を「賠償請求権の成否」と改める。

26  原判決六四枚目表一行目から同一〇行目までを次のとおり改める。

「 控訴人は、被控訴人学園の理事及び教諭らによる以下の不法行為により精神的苦痛を受け、その後も就職、日常生活のあらゆる面において不利益な取扱いを受けて大きな精神的苦痛を被ったが、これを慰謝するための慰謝料額は五〇〇万円を下らない。

(一)  被控訴人学園の山田教諭及び大石教諭は、控訴人が違憲・違法な運転免許取得制限校則に違反したとして、控訴人の言い分を十分に聴取せず、職員会議の審議も経ないで、控訴人に早朝登校という作業罰を課し、みせしめ的な作業を異常に長期にわたって強制した。右作業罰は、被控訴人学園の被用者である右教諭らがその職務を執行するについてした不法行為であり、被控訴人学園は民法七一五条による責任を負う。

(二)  本件勧告は、比例原則、平等原則、適正手続保障の各原則に違反し、施行規則一三条の要件を欠く違法な懲戒処分である。右は、被控訴人学園の理事である高山校長がその職務を執行するについてした不法行為であり、被控訴人学園は私立学校法二九条、民法四四条一項による責任を負う。

(三)  本件勧告に際し、大石教諭は、「自主退学しないと、学籍簿を処分し、一、二年がふいになる。」との虚偽の事実を申し述べ、また、担任の山田教諭も控訴人が髪を切って反省していることを認め、再度職員会議で審議し直す旨虚偽の約束をして控訴人を欺罔して退学願いを提出させた。右は、被控訴人学園の被用者である右教諭らがその職務を執行するについてした不法行為であり、被控訴人学園は民法七一五条による責任を負う。

また、右各行為は控訴人と被控訴人学園間の在学契約の債務不履行であり、これにより控訴人の被った精神的苦痛を慰謝するための慰謝料額は、五〇〇万円を下らない。」

27  原判決六四枚目表一〇行目の次に行を改めて次のとおり加え、同末行以下の第2項を第3項に繰り下げる。

「2 被控訴人学園の反論

控訴人の主張する被控訴人学園の理事及び被用者の不法行為は、控訴人が慰謝料請求を拡張した平成四年三月三一日より四年以上以前のことであるから、右拡張部分の四〇〇万円の損害賠償請求権については既に民法七二四条による消滅時効が完成している。被控訴人は、平成四年六月九日の当審第五回口頭弁論期日において、右消滅時効を援用する旨の意思表示をした。」

28  原判決六四枚目裏一行目及び二行目を次のとおり改める。

「 前記のとおり、被控訴人学園の運転免許取得制限校則は有効であり、山田教諭が大石教諭の許可を得て控訴人に対して命じた早朝登校が不法なみせしめ的な作業罰であるということはできず、また、本件勧告には違法性は認められず、大石、山田両教諭が控訴人主張のような欺罔行為をした事実も認められない。したがって、その余の点について判断するまでもなく、不法行為又は債務不履行を理由とする控訴人の損害賠償請求はいずれも失当である。」

第五結語

以上の次第で、第一事件における被控訴人学園に対する控訴人の請求はすべて理由がないからこれをいずれも棄却し、第二事件における被控訴人学校長に対する控訴人の訴えは不適法であるからこれを却下した原判決は全部相当であり、本件各控訴はいずれも理由がなく、控訴人が第一事件につき当審で拡張した請求も理由がないから、本件各控訴及び控訴人が当審で拡張した請求をいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 菊池信男 裁判官 吉崎直彌 裁判官 大谷禎男)

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